一月万冊応援blog

ニュースの解説と読書の素晴らしさを伝える一月万冊を応援します

日本のマスコミだけ見ていては、日本と共に沈む

こんにちは。Roof SAです。

今回は一月万冊で8/28に配信された動画を紹介します。

清水さんが、フリージャーナリストの烏賀陽弘道さんと、海外メディアと日本のマスコミの違いについてお話しされています。

最近、清水さんは海外メディアも見るようにされており、日本との違いは分析、読み応え、金額にあると解説されています。

まず、分析の違いについてですが、海外のメディアは書いた人や出典元を明らかにした上で記事を書いているため、日本のマスコミのように「〜とみられる」「〜とされる」といった曖昧な表現はありません。

そのため書いた人が責任をもって分析し、記事にするため個性が強く出ます。

日本の場合「記者クラブ」なる組織があり、政府の発表などは全て一旦記者クラブで発表されます。

そのため、どのマスコミも出典元が同じであり、個性的な記事を書くにはかなりの労力が必要となります。

烏賀陽さんは「日本のマスコミは権力統治機構の一部であり、政府広報アウトソーシングである」と常々言われております。

起きた出来事に対し、持論を展開し問題提起をするのではなく、ただ政府の発表を垂れ流す事だけが役割となっています。

平和ボケが影響しているのか、日本人は情報に鈍感で、自ら会得しようとする勉強意識も低いです。

マスコミの出す情報が、ただ垂れ流しているだけのものであるにも関わらずそれに気付く事なく一喜一憂します。

そのため、マスコミも必死で分析したり、個性的な記事を書く必要がないということになりますね。

海外と日本の違い二つ目は読み応えです。

先日、世界で初めてコロナウイルスに再感染した人が出たというニュースがありましたが、これを海外メディアは短い物でも2000字〜5000字で伝えました。

日本の共同通信と日本版ロイターはたった300文字程度だったようです。

海外メディアでは一つの事実を分析し、問題点を挙げ、今後どのように追いかけるかを明確にするため、文字数が多くなります。

これは移民の方が、移動して来た当日でもタイムリーな情報を得られるよう配慮している側面もあります。

移民が平等に情報を得られない社会は、民主主義ではないという考えが根底にあるようです。

対して日本のマスコミはいかがでしょう。

主に政府や株主など、一部の権力者やお金持ちが聞きたいであろうニュースを流す傾向がありませんか。

例えば、「4年後に2019年の景気に戻る」「オリンピックの再延期はない」「福島の避難民は減っている」など。

逆に国際パラリンピック連盟が「感染者0でないと開催不可」と言っているニュースはほとんど流れていません。

一部の人間に忖度した報道からは真実を知る事はできません。

第二次世界大戦下、大日本帝国は劣勢であるにも関わらず、国民に真実を隠し続けた結果原爆が投下されました。

真実を隠すためには多くを語らなければ良いため、必然と文字数も少なくなりますね。

そして最後に、海外と日本のメディアの違いは金額です。

例えばアメリカのニューヨークタイムズの購読料は電子版で日本円にして1600円程度です。

対して日本の朝日新聞は3800円と二倍以上。

これは、マーケットの違いが原因の一つです。

英語を話せる又は読める人が世界で30億人いると言われていますが、日本語は基本的に1億2000万だけでしょう。

マーケットの規模がそのまま購読料にも反映しています。

また、日本人が英語を苦手としている事も、日本の新聞が高い理由の一つです。

英語を読めなければ海外との比較検討が出来ないため、新聞社の言い値となっています。

しかし、翻訳機能が今以上に向上すれば、日本の新聞社も胡座をかいてはいられなくなるでしょう。

さらにアメリカではニューヨークタイムズワシントンポスト、ガーディアンが凌ぎを削っていますが、日本の新聞社はお互いの島を荒らすような真似はしません。

異なる意見を出し合った上で、妥協点出来る点、出来ない点を洗い出せば、社会は磨かれていくでしょう。

しかし、日本ではそのプロセスを試みると、和を乱す行為と判断されます。

小さい頃から親や先生、友達に忖度する事が染み付いてしまい、ただ高い点数をとって新聞社に入った人間が書く記事は当然忖度に塗れたものになるでしょう。

忖度から一歩抜け出し、意見をぶつけ合って社会を磨いていくためにも、海外メディアと日本のマスコミを比較する作業はとても重要なことかもしれません。